Alto Novels
-6畳半の図書館-
「悪いけど、ユーリカは死なせない。心配すんな、俺も後から逝くから。別れ話も愚痴も、全部向こうでやろうぜ」
―――ど う し て ア レ ン
そう微かに呟いた後、けたたましい悲鳴を上げて砂の様に崩れ去った。
「大丈夫か!?」
アレンに支えられ、なんとか立ち上がる。
「私は大丈夫……アレンは?」
「俺は大丈夫だ。怪我もない」
その言葉に、私は安堵した。そして、今もアレンの手に握られているナイフに目を向ける。
「その、ナイフは?」
「ああ、これか?さっきリビングで見付けた。役に立ってよかった……それよりも、ほら」
私の手の上に、一つの鍵を乗せた。それは、見覚えのある鍵だった。
「これ、玄関の……」
「ああ。これで、ここから出られる」
「よかった……ねえ、アレンもここから……」
一緒に出ない?と、言おうとした時、悲しそうな顔をしたアレンに遮られた。
「一緒に出ることは、できない……」
「……どうして?」
そう問いかける私の前に、手をかざした。その手が、微かに透けていた。
「アレン……手……手が……」
「俺は、もう少しでこの世から消えるらしい」
離しているうちにも、段々と透けていってくる。体も、少しずつ消え始めていた。
「ミーシャをあの世に葬って……俺の遺体も無事に見付かって……アンタを、無事にこの家から出してやれる……もう何も、ここに未練はない」
「アレン……」
成仏することが、アレンにとって良い事なのかもしれない。そうと分かっていても、別れの時が来たと分かると自然と涙が溢れてくる。
「そんな顔すんなよ。最期くらい、笑って送り出してくれ」
「そんなこと言われても……」
涙は止まらない。アレンの体は、もうすでに半分以上が透けていた。消えるのも、時間の問題だろう。
「アレン……私……」
言わなきゃいけない。彼が、完全に消えてしまう前に。
「私、貴方の分まで生きるから……!」
「ああ、俺もアンタが長生きしてくれることを願ってるよ。……ユーリカ、俺も約束するよ。生まれ変わって、もう一度アンタを見付けると。アンタが、年老いた婆さんになってても、俺はアンタを絶対に見付け出す」
「約束よ……?」
「ああ、約束だ」
消えかけている彼の小指に、自分の小指を絡める。微かに感触が伝わってきたが、それもすぐに消えていった。
「時間、ね」
「そう、だな……楽しかったよ、今まで。死んでから、こんな思い出ができるとは思わなかった」
「冥土の土産に、ちょうどよかったんじゃない?」
「そうだな……最高の土産物だ!」
ほとんど消えかけている彼の声は、徐々に小さくなってくる。私は、彼の言葉を聞き逃さないようにしっかりと耳を傾ける。
「さよなら、ユーリカ。いつか、迎えに行くから」
「ええ、待ってるわ。さようなら、アレン……それじゃあまた、会いましょう」
消える直前に見た彼の表情は、とてもいい笑顔だった。
* *
彼が消えた後、しばらくその場に立ち尽くしていた私は、玄関へと向かった。
夢だったんじゃないかと思うほど非現実的で、でも現実で……すべて幻だったと言われれば、そうだったのかもしれない。でも、最後に約束を交わした小指の感触は、しっかりと覚えている。
玄関の鍵はすんなりと開いた。扉を開けて門を出ると、そこには編集長が立っていた。外はもう真っ暗で、ちらりと見た携帯の時計は、七時過ぎを示していた。
「編集長?」
「おう、何かネタ見付けたか?」
その質問に、私は曖昧に返した。
「その返答……まさか、何も見付からなかったのか?んだよ、部屋の鍵全部開けるって条件で、ここに入っていいって許可貰ったから、スランプのお前を送り出したのに……あ?」
編集長が、私の顔を不思議そうに見つめる。
「お前、何泣いてんだ?」
「え……あ……」
そこで私は、自分が泣いている事に気が付いた。気付いた途端に、今までの恐怖や悲しさが爆発した。
「え、あ、おい!」
編集長が慌てた様子で、私をなだめる。
「悪かったって。俺も昼ごろここに来て、この家に入ろうとしたら鍵かかっててよ。お前の入った形跡があったし、出てくるまで待ってたんだよ」
編集長が何かを言っていた気がするが、私はそれが聞こえないくらい大泣きしていた。
目が覚めると、私は自分の部屋のベットに寝かされていた。編集長の話によると、私は泣き疲れて寝てしまったらしい。私は、あの家であった事をできるだけ、アレンやミーシャさんの事には触れずに事情を話し、後日アレンの遺骨は家族のもとに帰り弔われたらしい。
一方の私はと言うと、あの家で体験した事を参考にして、小説の原稿を無事に入稿することができた。売れたかどうか、そういわれると自信はないが、私は書けたことに満足していた。アレンの事を忘れないように。いつまでも、アレンのとこを想っていられるように。アレンとの約束を守れるように……