Alto Novels
-6畳半の図書館-
いったいどのくらい気を失っていたんだろう。目を開けると、暗闇が眼前に広がる。
「いっっ……」
頭がズキズキと痛む。痛むところに手をやるが、どうやら怪我はしていないみたいだ。体を起こして周りを見回すが、扉の隙間から漏れる光の他は、暗くてよく見えない。階段から突き落とされたのだから、ここは地下だという事は分かる。あの一瞬見えた黒い影……あれは一体なんだったのか。
「とりあえず、明かり……」
手探りで周りを探ると、固いものが手に当たる。掴むと、触りなれた感覚。側面のボタンを押すと、少しだけ辺りが明るくなる。
「よかった……壊れてはないみたい……」
階段から落とされたにもかかわらず、ヒビ一つ入っていない自分の携帯電話にホッとする。その明かりを周りに向けると、倉庫のようだった。とりあえず階段を上り、扉を開けようとするが開かない。数多くのホラーゲームをやってきたが、お約束の展開だ。
「扉を壊すか、鍵を探すか……」
今いるここは倉庫……何かあるかもしれない、と思い探る。元々少し荒れている。少しくらい漁ってもばれたりはしないだろう。
「あ……」
見付けたのはバールのようなものと、細いがしっかりしている針金。
「扉を壊すのは……ねえ……」
さすがにやめておこう。あくまでも他人の家、手荒な真似はできない。
針金の端を鍵穴に入れ適当に動かすと、かちゃりと言う音がした。私でもできるかもしれない、そんな軽いノリだったが、そこまで複雑な鍵ではなかったのか、すんなりと扉は開いた。
「え……嘘……」
窓からは、茜色の夕日が射し込んでいた。どうやら、数時間気を失っていたようだ。今日は諦めて、また明日来よう……そう思って玄関に行き、扉を開けようとするが……
「はぇ?」
自分でも間抜けな声だと思った。でも、開かないのだ。扉が。
「何で……」
普通の玄関なら、内側にはつまみが付いている。が、この扉にはそれがない。代わりに、鍵穴が付いている。
「内側からも鍵使うの、これ……」
ポケットの中に手を入れるが、無い……
「あ……あれ……」
もう一つのポケットも鞄の中も、ありとあらゆるところを漁ったが、無い。
「嘘、どこに……」
どこかに落としたのか、鍵がどこにもなかった。このままでは帰れない。
とりあえず、さっきの倉庫か……そう思って、引き返す。怖いと言えば嘘になるが、このままでは何も進まない。
階段を下り、さっきの倉庫を調べるが見つからない。さっき突き落とした影が持って行ってしまったのだろうか。自然と、もう一つの……上る方の階段の上へと視線が移る。もしこの家の中にいるなら、鍵を返してもらわなければ。
「ここに人がいるのも、変な話だけど……」
ここに何かがいるとなれば……きっと生きている人間ではないのだろうと、直感でそうわかった。さっきの影も……と、ここまで考えて寒気が走る。もう、この事を考えるのはよそう。
一歩踏み出すごとに、ギシギシと階段がきしむ。窓から漏れ聞こえる子供の声。見ると、いつもの公園が裏手にあった。
「アレン、ごめんね……」
木の陰で見えないが、きっと今もアレンはあそこに居るだろう……今日も行けそうにないや。
階段を上りきると、三つの扉があった。開いたのは、一番奥の扉だけ。中を覗くと、どうやら書斎のようだった。本棚の本も、机の上に広がった本も、この家に人が住んでいた時のままだ。
「ちゃんと片付けなさいよ、まったく……」
もう一度、売り出す気はあるのだろうか……それとも、もう……
「さすがに、ここには何もないわよね……」
でも、ここ以外に開く場所はないし……途方に暮れていると、机の上の木箱に目が行く。ダイヤル式の鍵が付いた、小さな木箱。
「何が入っているんだろう……」
振るとカラカラと音がした。それで、だいたいの予想はついた。
「お約束、だね……」
多分、このダイヤルの数字のヒントは、この書斎にあるんだろう。素人が作ったフリーホラーゲームの中の出来事を、実際に体験するとは思わなかった。
本棚の本の背表紙を、隅から隅まで確認していく。が、どれもピンとこないものばかり。やはり現実はそう上手く事は運ばないかと諦めかけた、その時だった。
「に……っき?」
求めていたのはこれだったのかもしれない。手に取り、ペラペラと捲る。と、気になる文を見付けた。
『一〇月九日
あの箱に、あの部屋の鍵を封印しよう。
彼と出会った、あの日と共に。
それじゃあまた、会いましょう。
私の愛しい人』
あの日……?パラパラとだけど、そんな日の記述はまるでなかった気がする。表紙を見ると、『日記Ⅴ』と書いてある。よくよく見ると、背表紙にも同様に書いてある。
「少なくとも、これより前の日記かな……」
今読んでいた日記には、『彼と出会った』と思われる日の事はなかった。周りには、日記のⅠ~Ⅳは見当たらない。
「また探すのか……」
調べてみてわかる本の多さ。気が遠くなる。
―――パサッ
「え……」
ふと、背後で音がした。本が一冊、開かれた状態で落ちていた。
「何で……」
風なんて吹き込んできていない。地震も起きてはいない。
本に近付くと、開かれたページの内容が目に飛び込んできた。
『一二月四日
ああ、私はついに運命の人に出会えた!
彼こそ、私の夫にふさわしい』
「あ……」
慌てて表紙を見ると『日記Ⅲ』と書かれている。これだ……
例の木箱のダイヤルを「1204」に合わせる。カチャリと音がして蓋が開き、中には鍵が二つ対っている。しかし、一つは真っ二つに折れていた。
「使えないな、これじゃあ……」
しかしもう一つの方は、ご丁寧にも『・・・寝室』と書いてある。誰の寝室かは、文字が掠れて読めないが。
「寝室って、だいたい二階よね……」
書斎を出て、書斎の向かいの部屋の前に行き、鍵穴に鍵をさしこむが回らない。この部屋じゃなかったと、その隣の部屋に行きさっきと同じ手順をたどる。すると、今度はしっかりと回り鍵が開いた。