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  静かなアパートの一室。パソコンに向かっていると、嫌でも廊下から足音が聞こえる。隣人が仕事から帰宅してきたんだと思い再びパソコン画面に集中するが、残念ながらその足音は自分の部屋の前で止まった。

 

  「先生!先生、いるんでしょう?ユーリカ先生!」

 

  居留守を使おうとも思ったが、激しいノックと自分を呼ぶ声に煩わしさを感じ、耐えられずに扉を開ける。

 

  「ああ、先生!やっぱりいた!原稿取りに来ましたよ!」

 

  ずかずかと入ってくる彼の顔を見て、大きなため息が漏れた。

 

  「ため息を吐きたいのはこっちです!今日こそは、原稿を頂きますよ!」

  「なら、残念ね。まだ出来ていないのよ」

 

  私のその言葉に、彼は悲鳴を上げる。信じられない様子の彼に、真っ白い原稿の映ったパソコン画面を見せると、発狂しそうな勢いで私にとびかかってくる。

 

  「どうするんですか!?もう、会社の方も待ってくれませんよ」

  「知らないわよ……だいたい、この前原稿渡したじゃない」

 

  一週間前だったかに、新しい原稿を渡した数日後、彼にネームからやり直してほしいと連絡を受けて、その結果がこうだった。

 

  「面白くないって突き返されたんですよ!僕も、ちゃんと話したでしょう?」

  「何よ、面白くないって……そんなの読者が決めることじゃない!私は読者のために書いてるの!偉そうに机に座ってるだけの人達のためだけに書いてるんじゃないの!」

 

  そう叫んだ私を、彼は子供をあやすようになだめる。

 

  「落ち着いてください。僕達も、別に虐めたくてこんな事頼んでいるわけじゃないんです。それだけ、編集長とか読者とかが、ユーリカ先生の作品に期待してるって言うだけで……」

  「その結果、こうやって苦しんでるんだけどね……そんな期待、背負いたくなかったわよ」

 

  自然と、自嘲の笑みが漏れる。

 

  「こんなことになるなら、作家になんかなるんじゃなかったわよ……」

  「先生……」

 

  なにかを言いかけて口を噤み、同情の笑顔を浮かべる。

 

  「先生、少し休んでください。ここ数日の修羅場で疲れてるんですよ、きっと。大丈夫、上の人達には僕が何とか言っておきます」

  「…………」

  「じゃあ、今日は失礼しますね」

 

  彼は何も言わずに、部屋を出ていった。私は力なく、近くの椅子に腰かける。

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